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巻簡易裁判所 昭和48年(ろ)12号 判決 1973年11月28日

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は「被告人は、昭和四十八年八月十五日午前七時十七分頃、新潟県西蒲原郡巻町大字下和納五千七百二十一番地付近道路において、法定の最高速度(六十キロメートル毎時)をこえる七十キロメートル毎時の速度で、普通乗用自動車(新五五ね四四四号)を運転したものである」というのであって、検察官は「本件を非反則事件として起訴略式命令を請求したのは」、本件違反当時運転免許証の有効期間が満了しており、無免許運転であったからであるというのである。

本件公訴事実は、検察官より提出し、取調べた証拠によって認めることができるので、被告人の所為は、道路交通法第百十八条第一項第二号、第二十二条第一項、同法施行令第十一条第一号に違反する罪にあたるから、同法第百二十五条第一項別表の上欄に掲げる違反行為であって「反則行為」に該当するものである。

そこで被告人が、道路交通法(以下法という)第百二十五条第二項に規定する「非反則者」に該当するかどうかにつき検討するに、そもそも交通反則通告制度は、最近大量に発生している同法違反事件のうち、比較的軽微なもので、自動車等の運転者の違反事件を、迅速かつ合理的に処理するために設けられた特例的手続であるから、その対象となる反則行為の範囲を限定し、かつ、この種の違反行為は、おおむね現認、明白、定型的なものであって、この制度のような行政機関による定型処理になじむものであるがためである。それ故、道路交通法違反の行為であっても、この制度の対象とすることが適当でないと認められるものを除外している。そのうち悪質なあるいは危険性の高い自然犯的な違反行為は、本来の刑事手続により情状に応じた処理を行なうことを相当とするもの、即ち信号機等の損壊等(第百十五条)、過失による建造物損壊(第百十六条)、交通事故の場合の措置義務違反(第百十七条、第百十七条の二第二号)、酒酔い運転(第百十七条の二第一号、第百十九条第一項第七号の二)、無免許運転(第百十八条第一項第一号第五号)、過労運転等の禁止違反(第百十八条第一項第三号)、超過速度が二十五キロメートル毎時以上の最高速度遵守義務違反(第百十八条第一項第二号、第二項、第百二十五条第一項別表)と、その他この制度による定型処理に親しまないものとか、取締に当る警察機関に処理させるのが適当でないものを除外したものである(法曹時報二〇巻第七号六三頁以下、警察研究第三九巻第二号九一頁以下参照)。

ところで、司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査する職責を有するものであるから、本件事犯も巻警察署勤務の司法巡査斎藤保義が、最高速度違反事犯として現認して、被告人を取調べる際、その運転免許証の提示を求めたところ、たまたま同免許の有効期間が昭和四十八年八月九日の満了で失効しているのを認め、交通事件原票(乙)の違反事項罰条欄に所定の記載をしたものであると認められるから、犯罪を現認した司法巡査において、被告人の無免許運転が被告人において免許証の更新を失念していたためのものであって、罪とならないものであることは、一見明瞭であるから、当然これを知っていたものというべく、検察官が事件送致を受けて取調べた結果、始めて判明した程のものでないと考えられるのに、右原票には、「無免許」と「法定速度違反」として現認したものの如く記載してあり、検察官において起訴略式命令を求めるに当り、違反事項の罰条のうち、「無免許」の部分を削除しているのである。なお被告人は、運転免許の効力がなくなったことを指摘されるや、直ぐ所轄の公安委員会に対し、運転免許の許可申請手続をした結果、昭和四十八年八月二十七日付をもって、前と同種の運転免許証の交付を受けたものである事実が認められるから、本件は、普通の無免許運転(法第百十八条第一項第一号第五号)の場合と違って、当時被告人に自動車等の運転について必要な適性に、格別欠けるところがあったものとも考えられない。それ故、無免許運転については、故意ある者のみを処罰し、過失による者については、危険性もなく又悪質なものとはいえないので、これを処罰する規定をしなかったものであることは、危険性の高い速度超過について、過失による場合も特に処罰する旨の規定をしていることからも明らかである。従って被告人は、法第百二十五条第二項各号に掲げる除外事由がないものと認められるから、法第九章にいう「反則者」に該当するものといわなければならない。

然るに検察官は、警察官が本件法定速度違反事実を現認し、免許証の提示を求めて取調べたところ、被告人の運転免許の有効期間が満了して失効していたことにより、無免許運転であるという客観的な事実が認められたとの理由で、非反則者として反則通告手続をすることなく起訴したものであって、斯る場合における公訴提起は適法なものであるといい、このような事例につき有罪の裁判をした下級裁判所の例を引用しているのである(下級裁判所刑事裁判例集第一〇巻第一〇号一〇二一頁掲載)。しかし検察官の見解は、次の如く法令上合理的な根拠が認められないので、これを採用しない。

もっとも「反則行為」についても、刑事手続によって処理されることが原則であり、反則行為に関する処理手続は、その特例として設けられたものではあるけれども、一面「反則者」に対しては、一種の制裁金を科する方法により、刑事処分を免がれる機会を与える趣旨をも含むものであることは、その規定に徴して明らかである。そうして反則者の範囲から除外する者として、法第百二十五条第二項第一号の規定には「当該反則行為に係る車両等に関し、法令の規定による運転の免許を受けていない者(法令の規定により当該免許の効力が停止されている者を含む)」と、規定しているのであって、これは、既に法第百十八条第一項第一号に同じく規定してあるので、当然違反行為に該当し、しかも悪質なものであるから、「反則者」の除外事由を規定するにつき、殊更括弧書するまでもないものと考えられ、又過失による速度違反についても、法第百二十五条第一項別表で明定してあるのだから、もし検察官のいう如く、罪とされない過失による無免許運転者をも「反則者」に含めない趣旨であるとすれば、その旨明らかに規定したものと解するのが相当である。しかも斯く解することが、本制度を設けた趣旨にも適合し、被告人をして刑事処分を免がれる機会を与えるべきであり、然らざれば、明文の除外規定がないのに、その機会を奪うことにもなり、ひいては法の公平平等適用の精神にもとることになって、著しく正義に反するものと認める(昭和四十八年三月十五日最高裁判所第一小法廷判決、裁判所時報第六一四号四頁、道路交通関係実例裁判集七五九3三頁、並びに前記各文献参照)。

以上の理由により、被告人は、道路交通法第百二十五条第二項の「反則者」に該当するものと認めるところ、本件については、同法所定の交通反則通告の手続を経ることなく、公訴が提起されたものであることは、検察官の釈明する通りであるから、結局本件は、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときに該当するので、刑事訴訟法第三百三十八条第四号により、主文のとおり判決する。

(裁判官 坪谷雄平)

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